土壌汚染の基礎知識

     (その3 身近な住宅地に潜む土壌汚染問題)

  
     
土壌汚染対策法は土壌汚染の可能性のあるすべての土地をカバーしていない


 土壌汚染対策法に規定されている土壌汚染状況調査の調査義務は、第三条(使用が廃止された有害物質使用特定施設に係わる工場又は事業場の敷地であった土地の調査)と第四条(土壌汚染による健康被害が生ずる恐れのある土地の調査)に規定されています。しかし、前者の調査義務は平成15年2月の法施行以前に使用が廃止された事業場を対象にしていませんので、宅地転用されたような工場跡地などは調査対象から外れてしまいますので危惧が残ります。後者の調査義務は、事業場周辺の土壌・地下水汚染が把握できていても周辺住民に具体的に健康被害が顕在化しない限りは知事命令の基づく調査の実施の運びになりませんので今ひとつ実効性が期待できない感が否めません。さらにこの土壌汚染対策法では次の2つの土壌汚染の可能性のあるケースがカバーされていません。

  • 過去に特定有害物質を製造・使用・廃棄等をした工場や事業場の跡地
  • 土壌汚染対策法施行規則の付則第二条(経過措置)に規定される300u以下かつ第十七条(地下水の利用状況に係わる要件)に該当しない土地(第二、三種特定有害物質に関する含有量調査は必要)

 このような土壌汚染対策法でカバーしていないケースによる健康リスクに対処するために、自治体が条例を制定して対応しようとしています。代表的な例として、東京都の「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」や大阪府の「大阪府生活環境の保全等に関する条例」があります。これらの条例では、土壌汚染対策法の上乗せ規制として土地所有者が行わなければならない調査機会として次の二つが追加されています。

  • 3000u以上の敷地での形質変更する場合
  • 稼働中の有害物質使用工場敷地での形質変更する場合

 結局、土壌汚染対策法および自治体の条例の双方で土壌汚染に関する調査機会が規定されていないケースは次の二つになります。

  • 土壌汚染対策法施行後に有害物質使用特定施設の使用が廃止された工場又は事業場で、300u以下かつ第十七条(地下水の利用状況に係わる要件)に該当しない土
  • 敷地面積3000u未満の過去に特定有害物質を製造・使用・廃棄等をした工場や事業場の跡地




土壌汚染が存在する恐れがある工場・事業所の跡地はこんなにある

 
 昭和40年代になって土壌・地下水汚染にかかわる環境問題がクローズアップされるにおよび、1970年(昭和45年)に水質汚濁防止法、廃棄物の処理および清掃に関する法律、農用地の土壌汚染の防止に関する法律等の公害関連法が次々に制定されて、環境問題に対する体制がようやく整いました。それまでは、事業活動によって発生する廃棄物すべてが自己責任の下に自由裁量で処理されてきたのが実態であったとも言われています。その代表的な処分方法としては敷地内での埋設処理です。このようなことから、法整備がなされる前から操業していた工場や事業場の敷地のほとんどは程度の差こそあれ事業活動に伴う産業廃棄物が埋設処理されており、場合によっては特定有害物質で汚染されている可能性が高いといえます。

 わが国は戦後一貫として大量生産・大量消費・大量廃棄に支えられた高度経済成長を謳歌してきましたが、その過程では工場や事業場の敷地の土壌汚染という負の遺産を後世に残しました。そして、現在は経済活動のグローバル化を背景にして産業構造は「ものづくりの経済」から「サービスの経済」への転換を迫られています。このような産業構造の転換を背景にして、高度経済成長期の都市のスプロール化により現在では市街地や住宅地に近接している多くの工場や事業場が移転集約化で次々と閉鎖されています。これらの工場や事業場は、前章1.に既述したような「過去に特定有害物質を製造・使用・廃棄等をした工場や事業場の跡地」も多く含まれています。
 このような土壌汚染という負の遺産に対して、「土壌汚染調査が望まれる工場・事業所の跡地」として表2−1に示すような調査結果が得られています。


                     表2−1 土壌汚染調査が望まれる工場・事業所数の推定データ

事業場の種類

事業場数

備考

全製造工場数(稼動中)

387,645

通産省調査統計部(1995年)

同乗中汚染が考えられない工場数

90,507

食料品、衣服、装飾品等に関わる事業場

大規模製造工場数

1,850

従業員500人以上で、対策が進んでいると思われる事業場

ガソリンスタンド数

60,421

資源エネルギー庁(1994年)

クリーニング作業所数

24,700

代表的な理化学研究所数

392

日刊工業新聞(1986年)

廃棄物中間・最終処分施設

13,705

厚生白書(平成9年度)

最近閉鎖された製造工場数

48,352

通産省調査統計部(1995年) 調査時点の直近5年間

同上大規模製造工場数

100

通産省調査等軽侮(1995年)

汚染診断が望まれる事業所・・跡地数

442,758



身近な住宅地に潜む土壌汚染


 私たちの生活圏の中にも数多くあるクリーニング店とガソリンスタンドは代表的な汚染源でもあります。表2−1に示したようにクリーニング店数は2万4千余におよび、ガソリンスタンド数は6万余に及んでいます。前者のクリーニング店については第一種特定有害物質であるテトラクロロエチレン(PCE)による汚染が、後者のガソリンスタンドでは地下埋設タンクから漏洩する油による第一種特定有害物質であるベンゼンにとどまらず、油臭・油膜等にかかわる汚染がしばしば発見されています。


 これらの汚染の最も大きな特徴は地下水を経由した汚染の拡散にあります。従って、自分の敷地がこれらの汚染源に対して地下水流向の川下側に位置する場合には、気づかないうちに自分の敷地では汚染物質の移流・拡散現象によって地下水汚染していることがあります。また、これらの事業場は一般的に敷地規模が小さいので第1章で既述したように、土壌汚染対策法施行規則の付則第二条(経過措置)の規定(敷地面積300u以下は土壌含有量試験のみが課されている)により土壌
汚染対策法からは実質的には免除されてしまいますので、事業を廃止するときの調査義務による土壌汚染調査では汚染の有無が明確にされないままになります。





「もらい汚染」に対する対応


 自分の敷地が他人の行為によって特定有害物質による土壌・地下水汚染した場合の対応には図4−1に示すように、健康リ被害に関わる対応と財産的被害に関わる対応の二つがあります。


           


(1) 健康被害にかかわる対応

 土壌汚染対策法では、第七条による都道府県知事から汚染の除去等の措置命令を受けて実施した措置に要した費用の負担は、汚染行為をした者とする「汚染者負担の原則(PPP:Polluter-Pays Principle)」が第八条(汚染の除去等の措置に要した費用の請求)に明記されています。これは土地所有者等が工場や事業所を閉鎖するときの措置費用を誰が負担するかを定めたものです。しかし、第七条による都道府県による措置命令の発令は、第四条(土壌汚染による健康被害が生ずるおそれがある土地の調査)の都道府県知事の調査命令による土壌の特定有害物質による汚染の状況調査の実施が前提です。その第四条による都道府県知事の調査命令を発令のためには、「土壌汚染が存在する蓋然性が高い土地であって、かつ、汚染があるとすればそれが摂取される可能性が高い土地]である必要があります。そのためには都道府県による地下水の常時監視等の結果で地下水汚染が判明しており、かつ、その地下水を飲用に供していることが条件になります。

すなわち、「もらい汚染」による地下水汚染に対しては、井戸の使用による飲料水としての利用がなされていないと土壌汚染対策法に基づく有効な対応はないことになります。 汚染した地下水を飲用に供していなくても、汚染した地下水に溶解している揮発性有機化合物のガスによる健康被害が発生するおそれがあります。このような場合には現行基準では大気汚染防止法における「有害大気汚染物質(ベンゼン等)に係る環境基準」基づいて地方公共団体の指導を仰いで対応することになります。

4−1に環境基準を示します。表4−1  「有害大気汚染物質(ベンゼン等)に係る環境基準」

物質

環境上の条件

備考

ベンゼン

1年平均値が0.003mg/m3以下であること。

キャニスター又は捕集管により採取
した試料をガスクロマトグラフ質量分
析計により測定する方法を標準法と
する。また、当該物質に関し、標準
法と同等以上の性能を有使用可能
とする。

トリクロロエチレン

1年平均値が0.2mg/m3以下であること。

テトラクロロエチレン

1年平均値が0.2mg/m3以下であること。 

ジクロロメタン

1年平均値が0.15mg/m3以下であること。




(2) 財産的被害にかかわる対応


 土壌汚染対策法はもっぱら、土壌汚染対策の実施を図ることによって国民の健康を保護することを目的にしていますので、自分の敷地外からの「もらい汚染」による経済的な損害、すなわち土地の資産としての減価に対しては関与しません。しかし、このような土壌汚染もバブル経済破綻以降の海外投資家の厳格な資産評価、所謂Due Dilligenceの流れの中で重要性がクローズアップされてきました。個人の住宅地の資産評価だけでなく、平成17年4月からスタートした企業の減損会計の導入においては、土壌汚染の有無が保有資産の評価を大きく左右することになり、その影響するところはきわめて重要なものになりました。このような重要性に鑑みて、土地の売買契約には将来発見されるかもしれない土壌汚染に関して売主責任が明記されるのが一般的になりました。

 2003年2月15日の土壌汚染対策法の施行に伴って、土壌汚染に関する事項が宅地建物取引業法における重要説明事項に加えられました。国交省は平成15年1月1日に「不動産鑑定評価基準との改正について」において、土壌汚染を不動産価格形成上の要因として位置づけて、「2.物件調査」で土壌汚染の調査が明記しました。日本不動産鑑定協会のガイドラインにおいても土壌汚染の取り扱いが明記されました。しかし、具体的な評価基準をどのようにするかについては、いまだに土壌汚染のある土地の資産評価の歴史が浅いために定まっていません。


 
これまでの土地鑑定評価は、街路条件、交通接近条件、環境条件、行政的条件等の不動産の価値に影響を与える要因のうちの土壌汚染にかかわる環境条件について価格形成要因であるという認識が低い傾向がありましたが、現在の土壌汚染がある土地の資産評価は次のような考え方でなされています。


     取引価格=[汚染していないとした価格]− [土地利用阻害分+浄化費用+スティグマ]
     ここで、土地利用阻害分 主に浄化工事期間中の使用収益の減額分
       浄化費用   浄化措置後の使用収益を考慮して最も評価額が大きくなる措置を選択
       スティグマ   汚染していた土地であったことによる嫌悪感による減額


 
スティグマによる土地価格の減価の評価方法の代表的業的なものとしてCVM (Contigent Valuation Method 仮想市場評価法:仮想的に市場を作り非市場財を貨幣化して評価する。調査対象者に「仮想の計画」を提示してその実現のために支払っても良い金額を回答してもらうことで非市場財の価値を評価する方法)がありますが、浄化後の土地の取引事例が少ない状況の中ではスティグマの評価も難しいのが現状です。



まとめ


 「もらい汚染」による健康被害および財産的被害に関する具体的対応は、その事例が少ないために非常に難しいのが実情です。健康被害に関しては、関連する周辺住民が揃って地方自治体の窓口に出向いて行政的な側面からの指導を仰ぐのが効果的と思われます。財産的損害については不動産鑑定士による取引事例比較法や収益還元法による評価が必要になると思われます。


「もらい汚染」による健康被害および財産的被害に関する具体的対応は、その事例が少ないために非常に難しいのが実情です。健康被害に関しては、関連する周辺住民が揃って地方自治体の窓口に出向いて行政的な側面からの指導を仰ぐのが効果的と思われます。財産的損害については不動産鑑定士による取引事例比較法や収益還元法による評価が必要になると思われます。

        
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